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[17] ブランド

ランボルギーニ社へ行った時は、日本での出資者も決まり2回目の渡航だったのだが、

出資者からの資金提供する条件として、ランボルギーニのブランド名が欲しいと言われていた。

当時の金額で2億という出資金はブランドがないと出資することができないというのだ。

ヨーロッパの知人達からは、

ランボルギーニのブランドなどつけないで、自分の名前をつけろであるとか、

かえってそんなブランド名は邪魔だから、山﨑の名前をつけなさいと言われていた。

悲しいことに日本人は、しょせん極東のイエローモンキーの発想なので、

ヨーロッパのランボルギーニというブランド名がないと投資しても高く売れないであるとか、

キャラクターとして応用するにも自信がないのだ。

いくら良いものでも、無名のデザイナーが作ったものはお墨付がないということだ。

そういうのを敬遠してしまうのは、日本人の悪い特徴だろう。

だから日本を発つ時に、ランボルギーニという名前も込みでないと出資しないと言われていたのだ。

そういう事情もあったので、コジョラ社長だけに頼らず私自身もランボルギーニ社の2人に対して、

このデザインはこういったコンセプトで、などと力説をした。

だが、あまりにもクールにこちらの説明を聞いて、

じっと見据えているばかりのランボルギーニ社の2人だったので、

おもわず最後には机をドンドンと叩き、なんとか説得しようと必死だった。

机を叩くなどという行為はある意味、立場上自分が弱いと露呈することである。

そうせざるを得ない状況ということだからだ。

だが、そうした大きなジェスチャーをせざるを得ない状況に私は陥っていた。

精一杯のジェスチャーで熱を込めてPRしたが、今回ばかりは通用しなかったなと思い始めたその時、

彼らは、

『この車を作ってもいいだろう。エンジン、シャーシ、車検取得に必要な資料、
エンジニアリング面など技術的なフォローアップもしよう。』

と言い出したではないか。そしてその言葉に続けて、

『ただし、最後に条件がある。』

と言った。

遂にきたかと、天下のランボルギーニのブランド使用料をいったいいくらふっかけられるのか、

最後に一番恐れていたことがきたのである。

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